深海魚でも夢を見るんだよ

イラストや4コマ漫画なんかを不定期でアップしてます。ブログの方向はわりと変わったりしますw

② 犬になった




起きるのが辛い。

だって今朝は今季一番の冷え込みだから。

それでもベッドから這い出る自分はえらい。と、自画自賛して気分をあげてやる。


リビングに行き牛乳を飲む。

家族はまだ誰も起きてきていない。


スポーツウェアに着替え、iPodをポケットに放り込むとスニーカーの紐を強めに結び玄関を出た。


太陽はまだ出ていない。


辺りには早起きな野良犬がいるくらい。

ここ最近、野良犬野良猫が増えたような気がする。


痺れるような寒さの中、ゆっくりと走り始める。


今年の目標を「部活でレギュラーの座に就く」に決めたから、毎朝ジョギングを今のところ続けている。

コースは県道から一つ住宅地よりを並走している裏道。


徐々に身体が温まり始め、呼吸のリズムも整ってくる。

そろそろスピードを上げていきたいところだ。

が、その前にもっとノリノリな曲にしてテンションを上げていきたい。


走りながらポケットからiPodを取り出して操作をする。


ガッ!


「いったぁ」


誰かとぶつかった。

女性の悲痛な声が聞こえる。

前方から目を離したのは僅かな時間だったはずだ。

少し先にあるアパートの角から出てきたのだろう。

不思議と自分に痛みは感じない。

ぶつかった時に転んでしまったのか地面が近く感じる。

けれど自立している感覚はあり、立ち上がるもなにもない。


女性のほうは大丈夫だったかと慌てて首をめぐらすと、ほぼ真横で腕をさすっている。

痛みを堪えているのかしかめっ面を浮かべている。

それに不思議なことに自分が下から見上げる格好になっている。


女性は俺に気づくと優しく声をかけた。


「心配しなくていいよ。大丈夫だから、チャッピー」


言葉の意味は分からなかったが、女性の顔には覚えがあった。

同じクラスの女子だ。

『カオリ』という名前で、体型はちょっとぽっちゃりだけれど、それなりにかわいい。


まずはぶつかった事を謝らなければと思った。

前方不注意だった自分に非がないわけがない。


「ワンワン」


聞こえてきた自分の声に我が耳を疑った。

確かに「ごめん」って言ったはずだ。

万に一つ間違えたとしても「ワンワン」なんて言おうはずもない。


混乱した俺はその場をグルグル回ってしまう。

そこで発見してしまった。


凍ったように立ちすくむ自分自身を。


「リク君⁉」


ぶつかってきた相手がクラスメイトみたいだと分かって、カオリは俺に確認の声をかける。


「わー」


声をかけられた俺は表情を緩めると嬉しそうに喉を鳴らした。

と同時に両手をあげ、カオリに抱きついた。


「なっ、やめて! なにすんの!」


びっくりした彼女は力任せに俺を引きはがそうとするが、俺もしつこくからもうとしている。


「いい加減にしろって!」


ひと際大きな怒声をあげて、そこでようやく俺の動きが止まった。

しょんぼりしているのがはっきり分かるが、仕方がないし当然だろう。


「まったくもう。強引なんだからぁ」


衣類の乱れを直しながら満更でもなさそうなセリフをはく。

なにそれ?


「で、リク君は何してるの?」


俺(見上げてる方)は答えようとするけど、やっぱりうまくしゃべれない。

それより、自分で客観的に自分が見えるという事はどういうことだ?

死んじゃったのか?

幽体離脱

でも動き回ってる自分を自分の目で見てるし。

じゃあ自分て誰?

怒涛のような疑問が頭をめぐる。


俺(大きい方)はカオリの質問に答えることなく、近くにある町内会の掲示板の前にしゃがみこんだ。

俺(見上げてる方)とカオリが怪訝な視線を向けるなか、やつは四つん這いになると右足をあげた。犬がおしっこをする時のポーズだ。

そしてやつはやりやがった。そのままおしっこをしたのだ。

みるみるうちにズボンに染みが広がり、もうもうと湯気がたつ。


「きゃっ」


短い悲鳴を発しカオリは足早にここから立ち去ろうとする。

そのとき、俺(見上げてる方)の首に力が加えられた。

いや首輪が引っ張られたのだ。

カオリの持ってるリードによって。


完全に確信した。

なぜかは分かんないけど俺とカオリの散歩していた犬との身体が、ぶつかったショックで入れ替わってしまったみたいだ。

あえて突っ込むなら、ぶつかったのは俺とカオリなんだからそっちの身体が入れ替わるんじゃないのかよ。

なんにしても俺(大きい方)をこのまま野放しにしてくわけにはいかない。

いや犬の本能で家に戻るかもしれないが、ズボンをぐしょぐしょにしたままカオリの家に行かれたら本当に俺の人生が終了してしまう。


俺(見上げてる方)はカオリの手からリードを振りほどくと、俺(大きい方)の元へダッシュした。

このままぶつかれば、もしかするかもしれないという期待も込めつつ。


しかし急にダッシュで近づいてきた俺(見上げてる方)に驚き、俺(大きい方)は走って逃げてしまった。


後ろの方から「チャッピー!」と呼ぶ声がする。


俺(見上げてる方)はさらに追いかける。


俺(大きい方)はさらに逃げる。


けれどそっちの方は。


「ワンワン!(危ない)」


ドンッ‼


鈍い衝撃音とともに俺(大きい方)は跳ね飛ばされた。

県道に飛び出たところを走行中のミニバンにひかれたのだ。


結構な速度でぶつかった俺(大きい方)はぴくりとも動いていない。


嫌な予感が胸を締め付ける。

追いついたカオリは口元を押さえ声にならない声をあげた。


気づくといつの間にか家を出る時に見かけた野良犬がいた。


「おはよう」


いたって自然に挨拶をされた。

こっちの返事を待たず野良犬は続ける。


「きみは…あの人間だろ?」


そう言って道路に転がった俺(大きい方)に視線を向ける。

俺はもう頭も心も追いつていなかった。

犬になっただけでなく、戻る自分自身をなくしてしまったのかもしれないのだ。

どうしたらいいか何も浮かばないし、受け入れたくはない。


「最近増えてるんだよ。戻れなくなる人間が」


俺はハッとして野良犬の横顔を見た。


「分かるんだよ。鼻が利くからね。犬だけに」


笑ったように見えた。

そして俺の顔を正面に捉えた。


「ようこそ。こちら側の世界へ!」



救急車のサイレン音がだんだん近づいてくる。